前回の記事では、英検準1級が「割に合わない試験」と感じてしまう構造について整理しました。
- 時間がかかる
- 成果が見えにくい
- 社会人にとって即効性が低い
- 「大学中級程度」と言われるほど難易度は高い
そうした条件が重なることで、途中で立ち止まってしまう人が多いのも、無理はありません。
ただ、ここで多くの人が一つ、誤解しやすいポイントがあります。
それは、
「挫折=自分の英語力が全然足りないからだ」
と結論づけてしまうことです。
「挫折=英語力不足」と思ってしまいやすい理由
試験に落ちれば、誰でもまず「自分の力が足りなかったのだ」と考えることが多いかもしれません。
特に、英検は合否がはっきり出る試験です。
そう結果が出る以上、自己評価と直結しやすいです。
英検準1級に関しては
- 周囲に受けている人がさほど多くない
- 比較対象が見えにくい
などが挙げられます。
そのため、「徐々に積み上がっている途中」という感覚を持ちにくく、時に極端な自己評価に振れやすいのです。
英検準1級は「実力者」でも落ちる場合がある
英検準1級は、ある一定の英語力があればいつでも安定して受かる、というタイプの試験ではありません。
受験する回によっての出題される問題の相性などもあり、合否が紙一重になるケースも珍しくないです。
つまり、
- 落ちた=能力が足りない
- 受かった=能力が十分
と単純に分けられる試験ではないのです。
実際、私自身も複数回受験する中で、
「今回は力不足だった」と「今回は噛み合った」が
はっきり分かれる感覚がありました。
挫折の正体は「能力」ではなく「学習設計のズレ」
多くの場合、問題は能力そのものではないことが多いです。
- どの分野に時間を使っているか
- 何をもって「できている」と判断しているか
- 試験を分析する力と、学習内容が噛み合っているか
- どの分野を強化すれば合格に近づきやすいか
この「設計」にズレがあることが結構あります。
ズレたまま努力すると、「頑張っているのに結果が出ない」、という状態が生まれやすくなります。
これは、能力不足とは別の話になってきます。
社会人・独学ほど、このズレが起きやすいかも
私の場合もそうだったのですが、特に社会人・独学の場合、
- 学習計画を自分で立てる
- 客観的なフィードバックが少ない
- 修正ポイントに気づきにくい
- 惰性で好きな分野、やりたい分野ばかり学習する
努力しているのに、どこを直せばいいのか分からない。
その状態が続けば、なかなか合格に辿り着けず「向いていないのでは」と感じてしまうのは自然です。
このように、社会人・独学の場合では
「やっている感が出やすい学習」と
「合格に向けて、本当に得点につながる学習」がズレやすいこともよくあると思います。
挫折しても、確実に「積み上がっている」
一度身につけた語彙や読解力は、簡単には消えません。
意見を組み立てる思考の型も、確実に残ります。
しばらく間が空くと、かなり忘れてしまうことはあります。
今は成長曲線が止まって見えても、決して英語力がゼロに戻ったわけではない。
確実に、英検準1級に挑戦した経験そのものが、すでに次につながる下地になっています。
英検準1級で止まった経験は、「英語に向いていない証明」ではない
英検準1級で一度立ち止まってしまったからといって、それは「英語に自分は向いていない」という証明ではありません。
見直すべきなのは、自分の能力ではなく、取り組み方や設計です。
準1級で止まった経験は、
英語から離れる理由ではなく、
「やり方を見直す大切なタイミングだった」
と後から分かる場合も多いはずです。

